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月亭文都さんが経験した困難な出来事

幕末から明治までの落語家四天王の一人、ゆかりの亭号である月亭を復活させた月亭文都さんですが、底に至る道は決して簡単なものではなかったといえます。大学の時、路上パフォーマンスで落語をしていたら、
通りすがりの客に振り向いてもらえたというエピソードがあって落語家を目指すようになった月亭文都さんですが、以降4年間、師匠を求めてさすらう時代が続きました。その間、主に桂雀三郎さんに多くの稽古を受けることができました。

しかし、当時、雀三郎さんには「又三郎」という弟子が既にいて入門することができませんでした。そんな時、八方さんのところに入門することができたという幸運に恵まれました、
めでたく入門した後は、大々師匠の桂米朝さんや桂吉朝さんにもネタを付けてもらうことができたのです。
そうして、毎日芸を磨いていきましたが、内弟子時代のある時、八方さんに破門されかかったことがありました。八方さんは厳格な師匠でも
ある日、月亭文都さんは寝坊をしてしまったのです。それで、大急ぎで劇場の楽屋へ行くと、既に八方さんは到着しており、おはようございますと挨拶されたところ、八方さんは激怒され、少しも早いことあれへんとすごい剣幕だったそうです。
月亭文都さんは心から詫びましたが、着付けの手伝いをしたところ、衣装に触らんといてといわれてしまい、舞台に上がる前にも、もう来んでもええわといわれて、破門を言い渡されてしまいました。

それから月亭文都さんは反省に反省を重ねて、数日後、ようやっと許してもらえたというエピソードがあるそうです。後に分かったことは、八方さんはその時、とにかく機嫌が悪かったということでした。
八方さんは時間や服装には特に厳しいお師匠さんで、遅刻は即刻指摘するか破門にすると言う厳しい一面のある先生なのでした。しかし、月亭文都さんが襲名する際は襲名に際して混乱しないように、月亭文都さんのために大師匠の桂米朝をはじめ、

上方桂文枝一門の宗家6代桂文枝さんなどにきちんと挨拶をして襲名の儀式を執り行われたのです。
八方さんは2013年3月、その月の19日に大阪なんばグランド花月で予定されていた襲名公演のあいさつに大阪市浪速区サンケイスポーツを訪れ、襲名のあいさつもされています。
月亭文都さんは落語界を盛り立てるため、各地で自己プロデュースによる落語会を主催しながら、積極的な活動を繰り広げています。緻密で、繊細な楷書を思わせる芸風の月亭文都さん、今後もますますの活躍が期待されます。